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大雪の日に思い出した

今日は朝から大雪だ。

吹雪で前が見えないほど、世界が真っ白に閉ざされている。

この景色を見ていると、30年前の合宿を思い出す。

今は時代の流れもあり、やりすぎればすぐに世の中が騒がしくなる。

残念ながら、当時と同じことをそのまま行うことはできない。だが、あの時代は、あの過酷さを乗り越えなければ黒帯を締めることはできなかった。

「北海道は、世界で一番厳しい昇段審査」

そう言われていたことも、今なら素直にうなずける。自分たちの年代は、歴代でもトップクラスの悪天候と極寒に当たった年だった。

今ではきれいに整備されている深川青年の家(ネイパル深川)も、当時はまだ古く、隙間風が容赦なく入り込み、歩くだけで床がギシギシと鳴るような施設だった。

最近の合宿では、もう見られない光景、大会や行事でも、まず目にすることはない。

前が見えないほどの吹雪の中でも、バスで移動するとなれば外に出る。

茶帯と黒帯だけの合宿。つまり、茶帯が一番下の帯だった。

その一番下の茶帯が、入口からバスまで人垣を作り、

黒帯の先生や先輩方を迎える。

それが、当たり前の時代だった。

数年前までは、地方へ向かう合宿もバスでの団体行動が普通だった。

今では、バスの中でマイクを回して自己紹介をさせたり、

歌を歌わせたりすることも「できません」と言うのが当たり前になっている。

だが、当時は違った。

昔は、極真の先生たちが大型二種免許を取得し、合宿のバスを自ら運転していた。

運転手の先生が眠くならないように、車内では自然と歌が始まり、みんなで声を出しながら移動していた。

1月の合宿は「幹部合宿」と呼ばれていた。

指導員合宿と聞けば聞こえはいいが、実際は、茶帯が黒帯を取るための登竜門だった。

きつく、苦しく、厳しい。

ただ、それだけでは終わらない。

同じ経験をすることで、先輩たちが黒帯の仲間として認めてくれた。

同じ苦しみを乗り越えた仲間たちとの絆は、確実に、深まっていった。

だから今でも、同じ時を過ごした仲間たちとは、当時の話で自然と盛り上がる。

そして、気づけば、いつまでも仲が良い。

ここ1週間、全国的に大雪・大荒れと騒がれている。

そんな天候の中で、ふと思い出すのは、黒岳での立禅だ。

ロープウェイとリフトを乗り継ぎ、ロッジから道着一枚で少し歩き、立禅をする。

何度も言うが、自分たちの時は、歴代トップクラスの寒さだった。

ここに立っているという目印の棒を持って歩いているだけで、一度風が吹けば、耳や指の関節が凍傷になっていく。

立禅の終盤には、赤いふんどし一枚になり、黒帯になるための決意と覚悟を、身体に叩き込まれた。

当時を共に過ごした仲間たちと話すと、決まって、こんな言葉になる。

「あの時は本当に苦しかったけど、あれがあったから今がある」「貴重な経験ができたからこそ、今がある」

さらに、当時一緒に職員をしていた先輩や後輩と話しても同じだ。

合宿という場で、あれほど貴重な経験ができたこと。

そして、あの辛い時代を、職員として共に過ごせたこと。

「誰もが経験できるわけじゃない宝物の時間だよな」

結局、話はそこに行き着く。

本当は今日は、昼の仕事が休みで、家の中からこの大雪を眺めている予定だった。

だが急病の人が出て、急遽、出勤することになった。

猛吹雪の中、外で作業をしているうちに、ふと、あの頃のことがよみがえった。

だからこうして、書き起こしてみた。

↓こんな感じ

https://youtube.com/shorts/ygp6bvqXBcE?feature=share

   

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