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懐かしい風景

用事があり、たまたま通り掛かった。
前職時代の20数年前に、2番目に担当したコースだ。
なぜ担当にされたのか全くわからないが、色々と思い出深いコースだった。
靴、文房具、カバン、衣料品などの問屋街。
扱う荷物の重さや個数は半端じゃなかった。
駅前のビル街は、封筒に入ってるきれいな荷物を何百個も扱うと聞いていたが、自分が使っていたのはばか重たい雑貨類を何日個も扱っていた。
集荷する荷物を前年に数%かけて、1日に集める目標個数を決められるのだが、担当になった半年は、ほぼ毎日目標割れで、毎日のように終礼で怒られていた。
この頃は、毎日怒られるターゲットにされるのは自分だったと言っても過言ではない。
入社して、2年が経とうとした頃、やっと後輩ができた。
入社して、約2年、役15人いた係の1番後輩だった。
それだけキツイ仕事内容で、後輩達はすぐに根を上げてやめて行ったが、自分にやっと後輩ができた。
初めて後輩ができた時、怒られる事に格好悪さと悔しさを感じ、わざと平日に休みを希望して、休みの日には配達と集荷に行く、すべての顧客を回って営業して歩いた。
とは言っても、当時の休み回数は月2回とか3回とか。
範囲こそは徒歩で回れる広さだが、札幌総合卸センターと言う企業が密集しているとこだったので、1日で回れる件数ではなかった。
平日の休みの日は午前9時半から午前11時半まで、午後は1時半から4時まで、とにかく会社名ではなく個人名で呼んでもらえるまで何度も通った。お昼の時間は、中心にある共同会館の地下にある食堂で食事をして、そこに食事に来る企業の人たちに名刺を配って歩いた。
いつの頃か、設定されている1日の集荷個数に対して、2倍も3倍も集めることができるようになっていた。
この変わり果てた風景を見て、そんな事を思い出した。

   

 - 日記